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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6754号 判決

三省薬品株式会社破産管財人 原告 吉永多賀誠

被告 林薬品株式会社

主文

被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和三十三年五月二十一日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十万円及びこれに対する昭和三十年一月十二日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

(一)  訴外三省薬品株式会社(以下単に破産会社という)は昭和三十一年五月二十二日東京地方裁判所で破産の宣告を受け、原告は同日その破産管財人に選任された。

(二)  破産会社と被告会社とは従前から相互に薬品の売買取引をしていたところ、昭和二十九年十二月上旬頃に至り破産会社の被告会社に対する売掛金債権は金十六万円程度であるのに破産会社の被告会社に対する買掛金債務は金百六十九万余円となり著しく不均衡となつたので破産会社はその頃被告会社から右売買差金の支払を強く要求されたが、破産会社は当時他に約五千万円の債務があり、到底被告会社の要求に応ずることが出来なかつたので、

(三)  昭和二十九年十二月十八日一般債権者に先立つて被告会社に対する右買掛金債務のみを弁済する方法として破産会社は薬品を被告会社に売渡して、その代金債権と被告会社に対する前記買掛金債務とを相殺するか又は右売買物件を以て前記買掛金債務の代物弁済とすることを目的として、破産会社と被告会社との間に破産会社は「森下特売A口」(ビゼツクス)五十口を含む薬品を被告会社に売却した上右売買物件は破産会社に於て被告会社のために保管する旨の契約を結んだ。

(四)  ところで破産会社は予ねて訴外桜井晏商店に対し「森下特売A口」十口を代金十万円で売渡し、売買物件は同商店に引渡したが、代金は未済のままであつたので、被告会社は前示(二)の百六十九万余円の売掛金債権を保全するため破産会社に代位して桜井晏商店に対し右売買代金十万円の取立交渉をした結果、昭和三十年一月十二日被告会社と同商店との間で右「森下特売A口」十口についての売買契約を合意解約し、同日右薬品の返還を受け、同年一月十八日これを被告会社と破産会社との間に結ばれた(三)の売買契約による破産会社の給付に充当し、その代金十万円の債務と被告会社の破産会社に対する売掛金債権と対等額で相殺した。

(五)  しかして、破産会社と桜井晏商店との「森下特売A口」十口の売買契約の解除は、破産会社としてはこれにより十万円の代金債権を失つたが、同時に同額の薬品の返還を受けたので、破産会社の資産に増減はないが、右薬品を(三)の売買契約による売渡物件とし、破産会社の右売買による代金債権と被告会社の(二)の債権とを対当額について相殺したことにより破産財団はその代金十万円相当の減少を来したのである。

(六)  よつて、破産会社と被告会社との間に結ばれた(三)の売買契約並びに被告会社が桜井晏商店から返還を受けた「森下特売A口」十口を右契約による給付に充当した行為はいずれも破産者が破産債権者を害することを知りながら為した行為というべきであるから破産法第七十二条第一号に基きこれを否認する。

(七)  右否認の結果、原告は受益者たる被告会社に対し前記「森下特売A口」十口の返還を請求し得べきところ、右物件は薬品としての特質にかんがみ、取引の時から長期間を経過した現在に於ては既に薬品としての価値を喪失しているからその返還に代わる価額の償還として右物件の価額に相当する金十万円及びこれに対する被告会社が右物件の交付を受けた日である昭和三十年一月十二日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の抗弁事実は、これを否認する。

と述べ、

立証として甲第一乃至第九号証(但し第二乃至第五号証、第八、第九号証は写を以て提出)を提出し、証人桜井晏の証言を援用すると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告が請求原因として主張する事実中

(一)の事実は認める。

(二)の事実も認める。

(三)のうち昭和二十九年十二月十八日破産会社と被告会社との間に、破産会社は「森下特売A口」(ビゼツクス)五十口を含む薬品を被告会社に売却した上、右売買物件は破産会社において被告会社のためにこれを保管する旨の契約が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)のうち「森下特売A口」十口を原告主張の日、被告会社が訴外桜井晏商店から引渡を受けたこと及び右薬品は原告主張の(三)の契約により被告会社が破産会社より買受けた薬品の一部に充て、且つ原告主張の日被告会社が右薬品の代金九万五千円の債務と原告主張の(二)の被告会社の百六十九万余円(原告主張(二)の)債権とを対当額で相殺したことは認めるがその余の事実は否認する。

被告会社が桜井晏商店から引渡を受けた薬品は被告会社が破産会社から(三)の売買契約により買受けた「森下特売A口、」五十口の一部であつて、当時桜井晏商店に於て破産会社のために保管していたものを破産会社の手を経ないで直接被告会社が同商店から引渡を受けたものである。

(五)乃至(七)の主張は全て争う。

被告会社は破産会社と前記売買契約を結ぶに当り「森下特売A口」の取引相場は一口金一万円であつたのを被告会社と破産会社との従来の協定に基き一口金九千五百円と定めたものであつて何等不当な価格ではなく従つて右売買により破産債権者の利益を害することはありえない

と述べ、

抗弁として、

仮りに、破産会社の本件行為が破産法第七十二条第一号の「破産者カ破産債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル行為」に該当するとしても、右行為当時被告会社は破産債権者を害する事実は知らなかつたものであるから原告の否認権の行使は失当である

と述べ、

証拠については甲第一、甲第六、第七号証の成立は認める。甲第二、第四、第五、第八、第九号証の原本の存在並びに成立は認めるが、甲第三号証の原本の存在並びに成立は不知と述べた。

理由

原告主張の(一)(二)の事実は本件当事者間に争いがなく、又(三)のうち昭和二十九年十二月十八日破産会社と被告会社との間に破産会社は「森下特売A口」(ビゼツクス)五十口を含む薬品を被告会社に売却した上、その売却に係る薬品は破産会社において被告会社のために保管する旨の契約が成立したことも被告の認めるところである。

ところで前示(二)の事実と原本の存在並に成立に争いのない甲第二第八第九号証を綜合すれば、破産会社は被告会社と相互に薬品売買取引をした結果昭和二十九年十二月上旬当時の現在で、破産会社の被告会社に対する売掛代金債権額は十六万円程度のものであるのに対し被告会社の破産会社に対する売掛代金債権額は百六十九万余円となりその差額が可なり大きくなつたので、被告会社は破産会社に対しその差額の金員の支払を厳しく要請したが、当時破産会社の資産は債権合計約九百万円と評価額が百万円に満たない商品、什器等を有するに過ぎないのに、合計約五千万円にのぼる負債があり、且つ手持資金も枯渇していて、到底被告会社の要請に応じることができなかつたので、破産会社が他より薬品を入手し、これを被告会社に売渡し、その売渡代金を被告会社に対する従前の買掛代金債務に充当(法的には新代金債権を従前の買掛代金債務と対当額で逐次相殺する)する方法により被告会社に対する債務を消滅させる目的の下に前述の昭和二十九年十二月十八日の契約が結ばれたものであり、右契約に因り破産会社が被告会社に売渡すことを約した薬品は「森下特売A口」(ビゼツクス)五十口を含む甲第二号証表示のものであるが、契約当時右薬品は破産会社が被告会社に現実に売渡したものではなく、従つて右薬品の現物を甲第二号証記載の如く破産会社が被告会社のために保管したわけでもなく、将来破産会社において同号証表示の薬品を入手して被告会社に現実にこれを引渡すまでの間の被告会社の権利確保の方法として、同号証表示の薬品が破産会社の手裡に存する限り、同号証を採用して右薬品は被告会社の所有に属するものと第三者に対し主張するための便宜に資する目的で、被告会社よりの求めに応じ、破産会社は甲第二号証を作成して被告会社に交付したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実よりするときは、破産会社はその債務が遥に資産(積極財産)を超過し、その債務を完済できないことが明であるのに拘らず、特に被告会社の債権に対してのみ、その履行確保のため薬品売渡による相殺適状を生じさせる契約を結んだものであるから、右締約は他の債権者(破産宣告後は破産債権者)を害することを知つてなした行為と云うべく、従つて昭和二十九年十二月十八日破産会社と被告会社との間に成立した契約は否認権の行使により否認さるべきものと云わざるを得ない。

被告は右契約当時、その契約が他の債権者(破産債権者)を害することを知らなかつたと抗争するけれども、前示甲第八号証の滝利左衛門の証言として記載されている部分のうち、この点に関する部分は信用が措けないし、他に右事実を認め得る証拠がないばかりか、却つて前示甲第二号証の如く、現実に薬品の売渡を受けこれを破産会社が現実に保管した事実がないのに、第三者に備えて、甲第二号証を破産会社に作成交付させていることからしても、他の債権者を害することは被告において予知していたものと推定できるので、被告の抗弁は採用の限りではない。

次に破産会社が昭和二十九年十二月十五日訴外桜井晏商店に対し「森下特売A口」十口を代金十万円で売渡したが、その代金は未済であつたことは成立に争いのない甲第六号証並に証人桜井晏の証言により認めることができる。右認定に反する証拠はない。

原告は被告会社が破産会社に対して有する百六十九万余円の売掛代金債権保全のため破産会社に代位して、破産会社と桜井晏商店との間の前示「森下特売A口」十口の売買契約を桜井晏商店との間に合意解約したと主張するけれども、右代位に関する民法第四百二十三条の規定は、債務者が債務を履行しない場合、その債務の履行に資し得る権利を有しながら、敢へてその権利を行使しようとしない場合に、債権者が直接債務者の権利を行使できることにした規定であり、その規定の趣旨よりして、代位行使できる権利の範囲は通常権利という名称で呼ばれない範囲を超える場合のあることも考えられないことはないが(たとえば、債務不履行を理由とする解除権行使の前提としての催告等、もつとも催告も催告権と称することもあろう)、債務者の取引の相手方と交渉して債務者に代り、相手方との契約を合意解約するが如きは、権利の代位行使の可能の範囲を逸脱したものであると云わなければならない。本件においても、被告会社は債権者代位の規定に基き、桜井晏に対する破産会社の売掛代金債権を行使できるのであるから、売買契約の合意解約する必要もないし、権利もないと云わざるを得ない。従つて原告主張の被告会社と桜井晏商店との間の合意解約はその効力がないものと云うべきであるが成立に争いのない甲第一号並びに証人桜井晏の証言によれば、従前破産会社と桜井晏商店の取引においては、薬品の売買は、委託販売に類似し、同商店が破産会社から一応買受けた薬品が、売れない場合には、同商店はその買受けた薬品を、破産会社に返還し、破産会社も異議なくこれを受領しており、従つて同商店は売行不良の薬品の売買を任意に解除できる慣行であり、本件「森下特売A口」十口も売れないので、たまたま破産会社を代位した被告会社から右薬品を返還して呉れないかとの申込を受けたため、破産会社に返還する趣旨で被告会社に薬品を引渡したものであることが認められるので、結局桜井晏商店は前述の慣行に基き売買契約を解除し右解除による薬品返還請求権を被告会社が代位行使して薬品を受領したことになるので、右薬品は破産会社の所有に帰したものを被告会社が受領したものと解するのが相当である。(もつとも被告としては右「森下特売A口」十口が破産会社の所有に属し、被告会社が桜井晏商店からその引渡を受けたことは認めるところである。)

ところで、被告会社が引渡を受けた「森下特売A口」十口を、破産会社との昭和二十九年十二月十八日の契約に基き買受ける薬品の一部に充て、その代金債務と破産会社に対する百六十九万余円との債権とを対当額において相殺したことは本件当事者間に争いがない。

しかもすでに述べた通り破産会社と被告会社との間の昭和二十九年十二月十八日の契約は否認さるべきものであり、本件において原告は否認権を行使して右契約を否認しているのであるから、右契約に基く薬品の買受け並びにその買受代金の相殺は、その余の点に関する判断をまつまでもなく、破産財団に対する関係ではその効力はないので、被告は原告に対し右薬品を返還する義務があるわけであるが、証人桜井晏の証言によれば、本件「森下特売A口」十口は各種薬品の詰め合せセツトになつているもので遅くとも昭和三十三年五月二十日の証言当時、時日の経過により薬としての効用を喪失したものと認められる薬品も相当あり、全体として商品としての市場価値が失われるに至つたものであることが認められるので、原告は右薬品を被告が受領した当時の価額の償還を求めることができるものと解するのが相当である。

しかして、右の価額は前示第二第六号証、原本の存在並に成立に争いのない甲第四号証により被告が薬品を受領した当時十万円(一口一万円)であつたことを認め得べく、従つて被告に対し右金十万円とこれに対するその価額償還を求め得る時期であることが確認できる昭和三十三年五月二十日以降完済までの民法所定の年五分の利息(償還は原状回復の趣旨であることは破産法第七十七条第一項により明であり、民法第五百四十五条第二項の規定に準ずるを相当とするが、被告は金銭を受領したものではないから換価額返還義務発生の時より利息を支払うべきである)の支払を求める部分につき原告の請求は正当であるがその余の部分の請求は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を(但し無担保申立部分は不相当と認めてここに棄却する)適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 水谷富茂人 大内淑子)

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